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“4月20日は「聴く」の日”藤田潮著『「聴く」の本』幻冬舎ルネッサンス

「今、聴かなくては意味がない」という言葉の重さ

 『「聴く」の本』は、親子や夫婦間のコミュニケーションなど身近な場面で、きちんと話を聴けなかった自分を振り返らせてくれる。この本では、聴くための難しいスキルでも、「なぜ聴くことが必要か」の教えでもなく、様々な状況で、純粋に「聴く」ことの勧めが繰り返される。「聴く」ことのプロである藤田さんが、「人は聴けないものだから」と認めて赤裸々に綴った体験談を通して、「聴く」ことの大切さと「聴き合う関係を広めたい」という願いがひしひしと伝わってくる。
  「「聴く」ということは、自分の大事な時間とエネルギーを、人のためにあげること」であり、「あなたは私の大切な時間を使うのに値する人間ですというメッセージであり、証明」だから、相手にとっては「それが何よりの存在証明であり、存在価値になっていく」と藤田さんは述べている。そして、「今、聴かなくては意味がない。今、聴こう。今、聴く余裕を持とう。」と呼びかける。
  『「聴く」の本』が出版された頃、実家の父が軽い脳梗塞で倒れ、週末は東京と四国を夜行バスで往復する日が続いていた。父が入院してから、電話で機関銃のように話すようになった母の様子が気になっていた頃である。この本を読んで、母の異変は、十分に話を聴いてもらえないことが原因なのだと気づかされた。そして、改めて、「可能な限り時間を捻出して聴きに帰らなくては」の想いを強くした。
  入院中の病院で重い脳梗塞が起こり、生死の境をさまよう前日のこと、父は付き添っていた私にぽつりぽつりと昔の思い出を話し始めた。耳が遠くなってからは、電話をかけてもすぐ母にかわるし、大勢の話の輪には加われなかったので、父の話をじっくり聴くのは本当に久しぶりのことだった。「あの頃が花だった」と、父は古き良き時代のことを4時間ほど話し続けた。そのときは、まさか翌日から意識不明の重態になるとは想像もできなかったが、今にして思うと、あれは正常な意識が途絶える前の走馬灯体験に似たものだったのかもしれない。幸い父は一命を取り留めたが、おそらく普通の会話ができるようになることを望むのは難しいだろう。最後に意識がほとばしる瞬間に、傍にいて話を聴けたことを幸せに思う。
  「今、聴かなくては意味がない」という言葉の重さを、私は今、深い想いとともにかみしめている。そして、それに気づかせて、多少の無理をしてでもいなかに帰るよう背中を後押ししてくれた『「聴く」の本』に心から感謝している。

(東京都N様 ライター)

「聴く」という事は「愛情表現」の1つなんだと言う事がわかりました

 あとがき、で涙が溢れてきました。かわいい、かわいいお子さま達のママへの応援、 旦那様の御理解。 本当に素敵な御家族に囲まれていますね。 本文中に書いてある「聴く」という単語を「愛する」に 置き換えても読めました。
 「聴く」という行為は相手を「愛する」行為なんですね。 「聴く」という事は「愛情表現」の1つなんだと言う事がわかりました。
私はつねづね「愛を与えられる人になりたい」と思っていました。 簡単に言うと「美輪明宏さん」みたいな人になりたいと。菩薩様のような。 でも私はたいそうな事ができるわけじゃありません。 100万人の前でコンサートをして皆を感動させられる歌手でもないし マザー・テレサのように自分の物を全て差し出す事もできません。
 でも、「聴く」事だったら、お金もかからず、道具も必要とせず、少しの 「聴く」コツと「聴く」を意識するだけで 相手を「愛する」事ができると思いました。節約主婦の私にぴったり! 小さな事からコツコツと!(西川きよし) 自分の周りからコツコツと周りの人の話しを 聴いて、私なりに愛を与えていきたいと思います。 なぜなら、愛した分だけ愛はかえってくると思うので。 「情けは人の為ならず」と同じかな? でも、損得感情は抜きにして....
 聴いてあげたい人=愛する人 愛する人がいるって事は、どんなに幸せな事でしょう。

<追伸>
姉に「聴く」の本をプレゼントしました。 さっそくメールが来て「早速読んで、危機状態の夫婦関係の 修復に役立たせていただきますわぁ。旦那にも読ませようかしら(^^)」 だそうです。

(東京都T様 介護福祉士)

会社でも家庭でもどこでも使える素敵なエッセンスがたくさん詰まっています

 今、日本人のよさや品格、マナーの大事さが渇望されている今日、この本に書いてあることはそれらを取り戻すためにまずすべきこと=「聴く」というスキルをどう培っていくかが豊富な具体例とともに述べてあって、とても共感しました。日本人の謙虚さや和の大切さなど、特に家庭という組織を運営しているお母さんには必須のスキルだということがよく分かりました。そして、「聴くこと」は決して受身なのでは ないということが、とても印象に残りました。
 それから、この本は、藤田さんがやっぱりベネッセでのキャリアがあったからこその内容だと思います。でも、聴くって改めてとても高度で、人間ができていないと無理なのではないかと思います。会社を辞めた今、自分にゆとりができてはじめて、「みんなそんなに急いでどこにいくの?」という状況になりましたけど、勤めていたころは必死でしたし、アメリカ留学していたころは、「いかに相手を圧倒するか」について実践の毎日でしたから。外国人で「聴く」価値について理解している人は、日本人の美徳についてもよくわかってくれる気がします。
 この本を読んで、聴く事の「すばらしさ」「難しさ」「深さ」「広さ」「楽しさ」を垣間見る事ができました。 会社でも家庭でもどこでも使える素敵なエッセンスがたくさん詰まっています。 「聴きたいのに聴けないでいた」人も、「聴く気がなかった」人も「そういう事ってあるよなぁ」って 思わずうなづいてしまい、知らないうちに自分の中で共感の輪がつながってしまいます。 「幸せの連鎖」ってこういう事から始まるのかな?私のバイブルが一つ増えたような気がします。

(東京都A様 会社員)

聴くプロに「聴いてもらう体験」をおすすめします

 学校現場にいて感じることは「人間関係に悩んでいる」高校生が多いことだ。「友達となんでも話せるようになりたい」と相談を受け、一緒に考えていくと、どうやら「相手の話を聞く」ことより「上手に相手を引きつけるような話し方」を求めているらしい。しかし、「どんな人を友達にしたい?」と本人にたずねてみると「私の話を真剣に聴いてくれる人」と答えるのである。
 「自分は話したいことがたくさんある」のだが「相手には聴いてくれる人を求めている」らしい。 藤田さんの著書にある「聴かれていないと聴くことができない」「今聴いて欲しい」は私も同じような経験をしていたので、「自分のことが書いてある(!)」と思いながら、うなずきながら読んだ。
 今は子ども達を目の前にして、毎日ホンのちょっとの時間でも、耳をダンボのようにして子ども達の愚痴やら文句やら言いたいことを話してもらえるように心がけている自分がいる。「聴く」は耳+(プラス)目と心という文字から出来ている。ちょっとした変化を見逃さない目を持ち、心の中に抱えていることを話してもらえるような耳を持つ自分でありたい。そのためにも「自分自身が聴かれていないと聴くことが出来ない」ので、私自身もプロのコーチを付けているのである。コーチを付けてずいぶん楽になった。同じように生徒の話を聴けないなあと感じている先生方に是非お勧めしたい。聴くプロに聴いてもらう体験をすることを…。
 そして藤田さんは「聴く力は後天的に獲得していくもの」と言っている。これも本当にその通りだと思う。コーチングを学ぶ前の私は対症療法のように相談があってから解決しようとしていた。これではいつまでたっても子ども達自身のコミュニケーション能力は高まらないと気付いたのはコーチに聴いてもらっていたからだ。生徒が、好きなときに自分で選んで学べるよう、月に1回、「聴く」を含めたコミュニケーションのトレーニングを現在勤務校で実践している。幸い、生徒達には好評で、今年はキャンセル待ち。 「どうやって聴く」のか、「聴く」を学んだ高校生は何かが違う。ひと言で言ったら、「かっこいい」のである。生徒同士で聴けちゃうと学校にはカウンセリングルームなんか必要ないのだと思う。
 藤田さんは「聴く学(がく)」の第一人者であると思う。『「聴く」の本』の事例は家族や会社の話が多いが、これらは充分「学校」にも置き換えて読むことが出来る。ヒントは一杯詰まっている。是非、子ども達の話に耳を傾けようと日々努力されている多くの先生方にも、そして高校生にも読んでいただきたい。

(埼玉県Y様 スクールカウンセラー)

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